気まぐれキッチン お気楽、味のほどしらず。

朝昼晩、違う国の料理を食べている摩訶不思議、日本、日本人。

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パン食い狂騒?

お気楽_VIRONお気楽_尊鉢 「摩訶不思議日本、日本人」。「世界各国の料理が毎日当たり前のように並ぶ食卓」をはじめ、TVCMでお馴染みの、「熟成、完熟、芳醇」の冠をつけた「食パン」も、そのひとつ。

 

気にされずに使われているものの、「食べるパンだから、食パン?」。イギリスパンやフランスパンも、それぞれ国名の後に「の」が入ればわかるけど、なんだかな~。ま、別にどうでもいいといえば、それまでだけど。

 

 

 「パン、これがパンぜよ(ナゼか、龍馬式土佐弁)」を、初めて知ったのは、40年近く前。場所は、ベルギーのブリュッセル・ミディ駅前。近郊の農家が、自慢の品物を並べる青空市の一軒、「田舎パン=パンドカンパーニュ」を売りにするパン屋でのこと。「食べてみな」。その一片は、言うなれば�ガラパゴス化島国�パンしか知らない日本人にとって、文明開化そのもの。香り、歯ごたえ、酸味の立ち上がりから、ほのかな甘みに包まれていた。しかも焼いてから、2~3日から一週間程が 食べ頃という。ブリューゲルの絵や映画で見る、卓上に置かれた塊パンの情景が甦る。「な~るほど、こ~ゆ~パンは、日持ちするんだ」。以来、「真白き、柔らかき」をモットーにする「食べるパン」には、食指が動かない。

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Asianで炒ャ~

お気楽ブログ蝦チャーハン横420 中国の読み方に習い、日本でも、炒飯と書いて「チャーハン」という。でも、炒麺(チャオメン)は、なぜか 「焼きそば」といって、はばからない。以前にも記したが、蕎麦=麺ではない。ま、細かいことをいうと�目炒苦炒�になりかねない。今回は中華も「ASIA=エイジアの味やで」を話そう。

鍋底の形を見ると、西欧のフライパンは「炒める仕事」に向かない形状をしている。一方、中華のパンは丸底で、炒めながら、材料を混ぜ合わせるのに向いている。中華パンは、実に便利な道具で、これ一つあれば、お得意の「炒める」をはじめ、「煮る」、「焼く」、「蒸す」など、なんでもござれ。アジアの家庭や料理店のほとんどが、こうした鍋の恩恵にあずかっている。
 
タイやベトナムの料理も、「中華鍋」なくして成り立たない。道具や調理法は中華式だけど、調味や材料で、お国柄を表しているよう。我が家でも、旅先で買い込んだ調味料を使っては、「うむふむ、な~るほどエイジア、えぇ味や~」を気取っている。
 
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養生の粥

お気楽_おかゆ
帽子を被ったQuaker教徒叔父さんが微笑んでいる箱。あのイラストは強烈だ。オートミールは、ここん家以外のも出回っているけど、どれも具合が悪くなった時を思い出す。正直いうと、あまり好きじゃない (雪印乳業さん、ゴメンなさい!?)。

同族の粥も、小さい頃の記憶にある、病人食のイメージが付きまとうせいか、普段の食卓には縁遠かった。ただ、それは単に美味しい粥を知らなかっただけで、今では、旅先、特に東南アジアで粥屋を見かけると、食欲をそそられる。

粥に目覚めたのは、香港。好みの具を選び、熱々をすくいながら、底に潜んでいる生姜をしゃくりあげて、混ぜ、混ぜ。「う~む、これが粥か。か~ゆ~ことか」を知る。ここでは、粥のことを「ジョク」と言う。

 

明日から”引き籠もり”をする、北タイのチェンマイにも、「粥」が売りの店が数軒ある。彼の国では、粗い粥を「カオトム」(カオは米、トムは煮る)、糊状につめたものを「ジョーク」と 分けている。私見だが、このジョークは、中華のジョク(粥)から来ていると思う。 ウマイ粥屋のほとんどが中華系の人が営み、点心も扱っている。 地政学的にも、中華の影響が強く感じられる。粥の奥を覗きたくなったら、金子光晴著「マレー蘭印紀行」なんぞ片手の旅もよし。冬の誰ぞ彼、時。黄昏て粥を炊くのも、一興にございます。

 

 

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片口に語らせては

 
285お気楽_片口_佃ほか 酒を酌みながら、独り言。「片口」ってあるけど、両口ってのは、ないのかな~。両口っていうと、名古屋の和菓子屋さんとか、官の継ぎ手くらしか思いつかない。まっいいや」。大分、きこしてしまったのか、呂律が廻らなくなってきた。

そんな折に、NHKの語学番組「トラッドジャパン」の中で、出演者のステュウット・A・ヴァーナムアットキンが「シンメトリーじゃない、へこみ、ひしゃげを良しとする、美?失敗作だと思った」な~んて、初めて、織部焼を見たときの印象を話していた。

確かに、不均衡で、整ったところがない焼き物なんて、西欧では考えもつかないはず。「織部の奇」は、日本という島国の独自性を物語っている。

 

中国から朝鮮を経由してきた陶磁器。もとの中国、朝鮮の焼き物は、均整のとれた(シンメトリー)がほとんど。あえてバランスを崩す、型破りな物の見立ては、`珍`以外の何者でもない。

 

本来、片口は、液体を汲んだり、注ぐ道具だった。これが「酒を酌む」にとどまらず、料理を盛りつける器となり、酒菜を無造作にサクッと置くと、妙に映えるから不思議だ。 でも、そうなると「`口`は、一体何のためなんだ?」って、アットキンさんじゃなくても、思うだろう。それこそ、日本の異質。「用の美」、転じて「様の美」ってもんですね。

 

普段の食卓によく使う三つの口、それぞれにお気に入りの酒菜を。大根の花椒(中国山椒)風味漬けには、京都の「古美術佃」の佃さんから求めた、とぼけた雰囲気が目を引く、黄色がかったコチラを合わせた。「少し時代がある」と、佃さんは言っていた気がするが、いつ頃の物?今度お邪魔したら聞いてみよう。

 

トマトの糠漬けは、西荻窪の「魯山」で一目ぼれした刷毛目に。割り干し大根の中華醤油の炒め煮は、 通りがかりの展示会で買った焼き〆に盛ってみた。 こりゃぁ~、たまりません。酒は、「三井の寿」か「日置桜」の燗がよろしいか。

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ちょいと、お箸を置いて

お気楽_箸280 
雑事に追われ、更新ままならず、
少~しばかり、お時間をいただいております。

拙宅愛用の京都「市原平兵衛商店」の盛りつけ箸と
バンコクの工芸品店「タムナン・ミンムアン」で求めた、
タイランド製のお箸です。箸休めの代わり。


更新は9月20日の週の予定です。
今後とも、よろしくお願いします。

 

 

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名残りのポモドーロとバジリコ

お気楽_バジルソース_ジェノベーゼ_リガトーニ210お気楽_トマトソース_冷製パスタ210 葡萄酒やチーズ、オリーブ(オイル)、パスタなどなど、日本で、数え切れない"本場物"が、手に入るようになったのは、つい!? 最近のこと。「ナポリタン」が、本国イタリア・ナポリには存在せず、ナポリ風は、「ナポリタン」ではなく「ナポレターノ」であるのが、知れ渡るようになったのも、さほど昔ではない。

味噌や醤油が量り売りされ、地産地消が当たり前だった、ウン十年前。「ソース」といえば、真っ先に"ウスターソース"が思い浮かぶ時代があった。その頃からすると、ひと言に「ソース」といっても、ずいぶんバリエーションが増えた。今や、和洋中ジャンルを問わず、レトルト品から瓶詰め、缶詰など、様々な物が手に入るようになった。しかし、便利さの一方で、市販品をそのまま使うだけでは、料理を作る喜びも楽しみもない。そんなことから、我が家では、"自家製"を身上としている。

今、季節の素材を使ったソースといえば、取りも直さず思いつくのが、ご存じ「ポモドーロソース」。夏なら、新鮮なトマトが手に入り、"出来合い"とは段違いの味わいが得られる。もうひとつは、「ジェノベーゼソース」。バジルは、ベランダ栽培で簡単に作れて、無農薬で安全だ。今年も、これら二種類のソースと共に、旬の味を満喫した。

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「リドヴォー」て書いてあったわよ

お気楽_アルティジャーニ_クッチーナお気楽_アルティジャーニ_ワイン Ajinci&Balletaにとっての救世主ともいえるイタリアンがある。家から歩いて5分。嬉しいとき、苦しいとき、悲しいとき、いつも、なにかと理由をつけては、ここに来る。そして、いつも同じ気持ちで帰る。「また来よう」と……。

出会いは、9年前に遡る。ある日、買い物から帰ってくるなりBalletaが、「ねねっ、びっくり。品書きに、”リドヴォー”(ris de veau リードボー(子牛の胸腺肉)って、書いてあるイタリアンをみつけたの~」と勇んで言う。

 

「都心ならともかく、こんな街で、そんなものを扱っているなんて、なにかの間違いだろ~?」と半信半疑で、早速、二人で行ってみると、じゃじゃ~ん。確かにボードメニューに書いてある。コリャ、タマゲタ。しかも、シチリアにあるトラパーニ(有名な塩の産地)近郊のマルサラ名産・濃厚葡萄酒”マルサラ”のソースでいただけるという。ワインリストを見ると、イタリア産の他に「チリ産」、「オーストラリア産」と、懐に優しい”赤&白”が揃い、スプマンテも用意されているではないか。

その昔、本国では存在しない「ナポリタンにタバスコ」が、スパゲッティの代名詞だった。その後、海外旅行者や情報が増え、”イタリアンブーム”も手伝って、”本物”が行きかうようになった。とはいえ、未だ、都内の有名店、某準国営放送局までもが、”スプーンを片手にフォークでパスタをクルクル”の風景がまかり通っているのも事実。「ピザにタバスコ」と同じく、この”クルクル回し”も、イタリアでお目にかかることはない。

だからこそ、頭をよぎったのは「この場所で、勇気あるな~」のひと言だった。まずは「ランチメニュー」のパスタとラザニアをいただき、ん!その日の夜に再訪し、目をつけていた「リドヴォーのマルサラ酒ソース」をメインに、5品を味わった。以来、週1回は当たり前。連日、足を運ぶこともある。で、お味はどうだかって?今も通っているのが論より証拠。旨んまい!好好。身近な幸せ、”ご近所イタリアン”の恩恵にあずかりっぱなしである。

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「ちりめん山椒」事始め

お気楽_ちりめん山椒_手作り285
京都、八坂神社境内から南楼門を通り、下河原通りを高台寺下に向かう。4、5分も歩くと、行列も名物!?親子丼で名を馳せる「ひさご」がある。が、目指すは、ここん家ではない。この店のほぼ斜め向かいにある路地裏の、さらに裏のようなところで、肩を寄せ合って立っている数軒の民家のひとつ。玄関先に暖簾が掛かっていて、"なんだかの商い”をしているようだが、他には、なんの案内も無い。わからない人にはわからない。当たり前の図。こ~ゆ~のを「京都は奥が深い」というのか、どうか?? 暖簾をくぐると、そこは玄関先=売り場。家の人が出てきたら、「内使いか、外使いか」。「数」を伝えるだけでいい。だって、売るもんは、「ちりめん山椒」だけなのだから。

もう、お気づきの方もいらっしゃるのでは?ちりめん山椒「やよい」発祥の場での話。「鍋ひとつで、できるさかいに」と、女将さんやご主人が言っているのを、何度か聞いたことがある。今は、ご発展をされ、同じ下河原通に大きな本店を構えていらっしゃるが、始まりは、お鍋と玄関先。ご近所「ひさごの」行列は変わらずとも、その変容ぶりには、ただただ驚くばかり。

京都の町のあちこちの店頭に、「実山椒」が並べられる5月。今までは、見るだけの「小粒」だったのが、「よし、買って、作ってみよう!」に変わったのは、悪魔や天使の囁きでもない。記憶のなかの呪文が、むくむくと頭をもたげてきたからだ。「ナベヒトツデデキル」。
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STAUB(ストウブ)に任せてみては!

お気軽_ストーブトップ285「ボアラ!」。ドン、と置かれた大きな黒色の楕円形の鍋。「なんじゃコレ?」。蓋を取ると、うまそうな湯気の中に、大振りの肉が、隙間なく収まっている。

 

「ラパン(うさぎ)だよ」と、この店に連れて行ってくれた(売れない)画家のクロウドが教えてくれた。彼は、この街で生まれ育った地元っ子。20年程前のことなのに、家で煮込み料理をするたび、湯気と香りの向こうに見えた、店のマダム、おやじさんの顔が浮かぶ。あの場所、あの時間。映画「アメリ」の主人公が駆け回る、モンマルトルでのひと時が甦る。


一方、場所は同じくパリ。二年前に、足を運んだ「ブルゴーニュ料理屋」でのこと。アラン・デュカスがオペレーションする「Aux Lyonnais(オー・リヨネ)」は、その名の通り、リヨンを中心にした料理が並ぶ。ここは、「ブッフ・ブルギニヨン=牛肉の赤葡萄酒煮込み」が自慢。「ボナペティ!」。こちらでは、真っ黒の丸形の鍋が使われている。大振りの肉が盛られた黒鍋は、最後のソースをいただくまで、暖かい。

この二軒の共通点は、ストウブ。料理の器として使われている。この他、名だたるシェフや姿勢が伝わる店など、あちらこちらの料理屋の食卓で見かける。調理に応える機能の道具であり、食卓にあって「食」をそそる器でもある。「用の美と、様の美」。無茶使いに応える、"男振り"の姿、形。手間暇無用。これを選ばないワケはない。



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デザイナーとしての醤油

お気楽_酢210お気楽_醤油210刺身や寿司、煮物、焼き物、蕎麦、天麩羅、鰻、焼きおにぎり。「日本料理は、醤油が決めた」(と思ってる)。DNAのごとく、日本人の思考、嗜好の基。

その起源は諸説あるが、伝承によれば、中国・江蘇省鎮江市(鎮江香醋で名高い)の径山寺で、刻み野菜を味噌漬けした、金山寺味噌の製法を、法燈円明國師(ほうとうえんめいこくし)が、和歌山県に持ち帰り、湯浅周辺で広めた。この味噌の「たまり」を調味料として、ブラッシュアップしたのが今様の醤油だとか。今でも「湯浅」では、醤油と金山寺味噌を作っている蔵があるのも、うなずける。

「キッコーマン」が、アメリカ進出を果たしたのは、1967年。東洋の見慣れぬ”ソース”を知ってもらうのには、並々ならぬ努力があったに違いない。とはいえ、”旨みの元”アミノ酸を多く含む醤油は、「香りがよくて美味しい」、「体にいい」、「肉に合う」と、一部の米国人の話題に!さらに、「照り焼きソース」の誕生により、爆発的な広がりをみせる。あの”甘辛さ”が、米国人の心をノックした。そんなこんな、"世界の中心America"で叫ばれたのを機に、醤油は世界各国に上陸。あれよ、あれよという間に市民権を得た。今では、フレンチの料理人をはじめ、名だたる料理人が隠し味に使うなど、”ソイソース”は、世界の食卓、料理をデザインしている。

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山菜のお福わけ

お気軽_山菜_生285
「岩手の義兄が山で採った、タラの芽とこごみをお届けします」 。メールの主は、イタリアンレストラン「アルティジャーニ」のご主人。AjinciとBalletaが暮らす街の救世主。足繁く通い10年程。お店には大迷惑(!?)の図、有りや無しや。毎年、晩春の頃、到来物のお裾わけ(お福わけ)をいただいている。 

 

その年や時期によって種類が違うのも、楽しさのひとつ。栽培物では得られない「香しいクセ」が堪らない。 野菜の多くは、山菜を人が工夫を重ね、食べやすく、収穫しやすくしたもの。そのせいか、灰汁(あく)やくせが少ないものが多く、最近は、「旨みさえも抜き取ってしまっている?」と、感じることも、しばしば。 


新鮮なタラの芽は袴を取るとき、灰汁で粘つくが、敢えて灰汁抜きはしない。"天然"だからこその粘り=苦味が美味しさの元!冬眠から覚めた"熊さん"が、初めに口にするのは「ふきのとう」だとか。寝ぼけた頭を覚醒する力があるのだから、人の目も覚ましてくれるはず。「春には、苦みを盛る」を知る。


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日々是カレー好日

お気軽_香辛料_カレー380 そもそもカレーとは?お馴染みの"和のカレー"に使われる、「カレールー」は、18世紀紀後半、クロス・アンド・ブラックウェル(C&B)社が、初めて商品化した「カレー粉」が起源。

 

その英国経由の"珍なるもの"を初めて食した、S&Bの創始者、山崎峯次郎翁。氏は、カレーの美味しさに驚き、日本初のカレー粉を開発した。時代は明治初期、文明開化の頃。そりゃ~もぅ~、ハイカラ=High&Collarな食べ物だった事が想像できますね。

 

100年近く経った今日、インドをはじめ、スリランカやパキスタンなど、「カレー共和国」の皆さんが作る本場本物"を日本にいながら、気軽にいただくことができるようになったのも、彼のおかげ。口福至福。

東京・東銀座で、日本初のインド料理店「ナイルレストラン」を経営。2代目店主・G.M.ナイルさんは、「日本のね、カレーはね。粉、"うどん粉"入れるでしょ。あれカレーじゃないよ」と、独特の口調でインドのカレーを語る。この話を初めて聞いたのは、30年程前。その頃から、彼が、誰にでも勧めるのが「ムルギーランチ」である。これぞ"本格カレーの扉"を開ける鍵。”ナイル”で探検をしても良し、本場料理人のいるお店やインド文化圏に出かけるも良し。"和のカレー"とは、まるで違う「CURRY」の世界がある。

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プロフィール

Ajinci

Author:Ajinci
どんなものを
食べているか言ってみたまえ。
君がどんな人であるかを
言いあててみよう。
by Jean Anthelme Brillat- Savarin

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